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光を食む|Feature Magazine Vol.02

光を食む

Illustration & Text : Kurumi Atelier
『光を食む』(Feature Magazine Vol.02)

 

朝の光は、湯気に触れるとやわらぎ、カップの縁で丸くなる。
台所のテーブルには小さな傷が残り、昨夜のパン屑が一粒だけ取り忘れられている。
湯を注ぐ音は細く、時計の秒針よりも静か。

ひと口ふくむと、舌の上で光がほどける。
それは味ではなく気配であり、体温に寄り添う記憶である。
眠りの端に置いてきた思考が、ゆっくりと起き上がる。

窓辺のレースがわずかに揺れ、湯気は白い糸になって天井へのぼる。
影は輪郭を失い、部屋の色は一段浅くなる。
世界はまだ始まっておらず、しかし始まろうとしている。

光は食べ物ではない。けれど、胃のあたりが確かに温かくなる。
からだの芯がひと息つき、今日という日を受け入れる支度が整う。
この一杯は、日常という長い河に足を入れる前の、小さな儀式。

カップの底に残る最後の雫が、静かな音で落ちる。
耳をすます者だけが聞くことのできる合図。
わたしはカップを置き、光を食み終えた。朝はここから始まる。

— 企画・制作:Kurumi Atelier

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